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福岡高等裁判所 平成6年(う)384号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、主任弁護人大谷辰雄、弁護人大神周一及び同古賀康紀連名提出の控訴趣意書及び控訴趣意補充書(なお、当審第一回公判において、主任弁護人は控訴趣意書の記載中「第四、控訴理由その四〔量刑不当〕」の項の主張を撤回した。)に、これに対する答弁は、検察官飼手義彦提出の答弁書に各記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一(訴訟手続の法令違反の論旨)について

所論(当審第四回公判において、弁護人古賀康紀がした弁論を含む。)は、要するに、原判決が「証拠の標目」において挙示している証拠のうち、「司法警察員作成の差押調書」、「福岡県警察科学捜査研究所技術吏員松本光史作成の鑑定書」、「押収してあるポリ袋入り覚せい剤五袋(原庁平成六年押第一四九号の1ないし5)」は、平成六年三月当時福岡県南警察署の司法巡査であった乙川一男(以下「乙川」という。)が、当時大麻取締法違反被告事件で起訴され、同警察署に勾留されていた甲野花子(以下「甲野」という。)から、白紙の供述調書用紙に署名指印を徴していたものを使用して、被告人が覚せい剤を所持していたのを甲野が目撃した旨の全く虚偽、架空の事実を内容とする甲野の供述調書を捏造し、これを被疑事実を裏付ける唯一の証拠資料として、被告人方等の捜索差押許可状を請求し、裁判所から、その令状の発付を受けて、これに基づき被告人方を捜索した結果、覚せい剤五袋を発見したもので、これが違法収集証拠であることは明らかであり、また、右覚せい剤に係る差押調書やこの覚せい剤の鑑定結果である鑑定書は、右覚せい剤と一体をなす証拠であり、更に被告人の逮捕状もこれらの証拠を資料として請求されたものであるので、その逮捕も違法であり、ひいてその逮捕、勾留中に取得され、原判決が証拠の標目において挙示する、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書も違法に取得された証拠であって、これらの各証拠の収集過程にはいずれも憲法三五条及びこれを受けた刑訴法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法が存するといわなければならず、従って、右各証拠は証拠能力を欠いており、他に被告人の原審公判廷における自白を補強すべき証拠は存在しないから、被告人は無罪であるのに、これらの証拠の証拠能力を認め、これら(ただし、被告人の右供述調書を除く。)を被告人の自白の補強証拠として原判示の罪となるべき事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、原審記録に当審における事実取調べの結果を併せ検討すると、以下の各事実が認められる。

1  甲野は、平成六年一月一八日福岡県南警察署に大麻取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕され、同年二月九日同罪により福岡地方裁判所に起訴されたが、同年三月二二日に福岡拘置支所に移監されるまで、南警察署の留置場に勾留された。

2  この間の平成六年三月一八日ころ、当時南警察署防犯課保安係の司法巡査であった乙川は、甲野から覚せい剤取締法違反及び大麻取締法違反の容疑者に関する情報の収集のため、甲野の取調べに当たり、その際、約三〇件の情報を甲野から聴取し、これをメモに録取するとともに、白紙の供述調書用紙約三〇枚に甲野の署名指印を求めてこれをさせた上、後日調書を作成した場合には、読み聞けをするために福岡拘置支所の甲野のもとに赴く旨を述べた。

3  甲野は、平成六年四月二〇日福岡地方裁判所で、懲役一年六月、三年間刑執行猶予の判決を受け、同日釈放されて、出身地の宮崎県に帰り、同日までに、乙川が、甲野の調書を完成させて、同女に読み聞けのため福岡拘置支所に赴いたことはなかった。

4  福岡県南警察署では、平成六年三月二五日付けで、防犯課保安係長が森山仁から鐘ヶ江茂に、主任が波多江武穂から三島博明に異動し、保安係では乙川のみが留任となった。

5  乙川は、平成六年四月中旬ころ、南警察署防犯課保安係の自己の机で、甲野から署名指印のみを徴していた白紙の供述調書用紙を利用して、被告人の覚せい剤所持を被疑事実とし、被告人方の捜索差押許可状を請求する資料を作成し、これを使用して同許可状の発付を受けようと考え、右用紙に甲野が、「平成六年一月八日ころの午前一時ころ、福岡市博多区〈地番略〉の甲野宅において、被告人がポリ袋入り覚せい剤一袋を所持しているのを目撃した。」との内容を供述した旨の、全く虚偽、架空の事実を内容とする記載をして、甲野の供述調書を捏造したが、甲野は被告人とは一面識もなかった。即ち、乙川においては令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があった。

6  南警察署防犯課長一坊寺幸夫は、当時の南警察署長、副署長の決裁を経た上で、平成六年七月六日、福岡簡易裁判所に対し、「被告人は、平成六年一月八日ころの午前一時ころ、福岡市博多区〈地番略〉において、ポリ袋入り覚せい剤一袋を所持した」ことを被疑事実とし、甲野の前記供述調書を右被疑事実を疎明する唯一の資料として、被告人方等に対する一六通の捜索差押許可状を請求し、同日、同裁判所裁判官は、請求どおりの一六通の同令状(以下「第一次捜索差押許可状」という。)を発付した。

7  平成六年七月七日、南警察署防犯課保安係、同署警備課公安係、福岡県警察本部警備部公安二課、同本部防犯部保安課の合同で、被告人方等に対する一六通の令状に基づく一斉捜索が実施され、同日午前九時四五分ころ、福岡県筑紫郡〈地番略〉の被告人方の捜索が開始されたが、その直前、被告人は、右同人方から外出したため、当時同人方に居たX及び捜索開始後間もなく被告人方を訪れたY(被告人経営の会社の役員)を立会人として捜索が続けられ、午前一〇時四〇分ころ、二階六帖寝室におかれた鏡台の施錠された開戸内から、スプーンに付着した透明の結晶少量、二階洗面所収納庫内の黒色手提げバック外ポケットの中から、ポリ袋入り白色結晶一袋、一階書斎に置かれた金庫の下の床上にあった黒色皮製小銭入れの中から、ポリ袋入り白色結晶一袋、同じく金庫下の床上にあった紙片に包まれた白色結晶一包、また、同日午後三時三五分ころ、二階六帖寝室に置かれた机の施錠された引き出しの中から、注射針一本と紙片包みの白色結晶一包、二階八帖寝室に置かれた木製小物入れ引き出しの中から、ゴム製脚カバーに付着した白色結晶少量が、それぞれ発見された。

これらの白色結晶は、覚せい剤と思料されたが、被告人が立ち会っておらず、同人から説明を受けることができず、また、立ち会っていたX及びYには、前記白色結晶等について処分権限がないと思料されて、同人らから任意提出を受けることもできないと判断されたため、新たに、差し押さえるべき物を「(一)スプーン付着の白色結晶少量、(二)ポリ袋入り白色結晶二袋、(三)紙片包み白色結晶二包、(四)ゴム製脚カバー付着の白色結晶少量、(五)黒色革製小銭入れ一個、(六)注射針一本、(七)黒色手提げバック一個」とした差押許可状(以下「第二次差押許可状」という。)の発付を受け、同日午後一〇時ころ、これらを差し押さえた。

8  平成六年七月八日、南警察署長から福岡県警察科学捜査研究所長に対し、右のうち、スプーン付着の白色結晶、ポリ袋入り白色結晶二袋、紙片包み白色結晶二包及びゴム製脚カバー付着の白色結晶について、鑑定の嘱託がなされ、同技術吏員松本光史の鑑定の結果、これらの白色結晶はいずれもフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩であること、差押番号7の紙片包み白色結晶一包分は微量のため受託量の測定が困難であるほかは、その余の結晶の受託量合計が一・四八九グラムであることが明らかとなった。

9  前記一坊寺は、南警察署の内部的決裁を経た上で、平成六年七月八日、福岡簡易裁判所に対し、前記覚せい剤、その差押調書、前記鑑定嘱託書、同鑑定書等を主要な疎明資料として、「被告人は平成六年七月七日午前一〇時四〇分ころ、自宅においてスプーン付着の覚せい剤〇・〇四三グラムをみだりに所持していた」との被疑事実により、被告人の逮捕状を請求し、同月八日同裁判所裁判官からその発付を得、被告人はこれにより同月九日逮捕され、同月一一日勾留され、同月二〇日、原判示の罪となるべき事実と同一の公訴事実により起訴され、原審において判決までに三回の公判が開かれ、被告人は、原審公判廷において公訴事実を認める陳述をなし、検察官からの証拠調べ請求に対し、後記の原判決が証拠の標目に掲記した書証に全て同意し、証拠物の取調べには「異議なし」の意見を述べ、これらの証拠調べを経て、平成六年一〇月一八日、原審において、「被告人を懲役一年六月に処する。」旨の判決を受けた。

10  原判決は、「被告人は、平成六年七月七日、福岡県筑紫郡〈地番略〉の自宅において、みだりに覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩結晶約一・四八九グラム(原庁平成六年押第一四九号の1ないし5)を所持したものである。」との罪となるべき事実を、「一被告人の当公判廷における供述、一被告人の検察官及び司法警察員(平成六年七月一五日付け及び同月一九日付け)に対する各供述調書、一司法警察員作成の差押調書、一福岡県警察科学捜査研究所技術吏員松本光史作成の鑑定書、一押収してあるポリ袋入り覚せい剤五袋(原庁平成六年押第一四九号の1ないし5)」を証拠として認定した。

右各事実に基づいて、原審が証拠としたポリ袋入り覚せい剤五袋(原庁平成六年押第一四九号の1ないし5、以下これらを「本件覚せい剤」という。)の押収手続を検討するに、南警察署司法警察職員らは、同署警察官であった乙川が予て甲野から白紙の供述調書用紙に署名指印を徴していたものを使用して捏造した、全く虚偽、架空の事実を内容とする甲野の供述調書を、被告人方等の捜索差押許可状請求に際しての被疑事実を裏付ける唯一の証拠資料として同令状を請求し、これらの第一次捜索差押許可状の発付を受け、これらを執行して、本件覚せい剤を被告人方において発見し、その後新たな第二次差押許可状の請求をし、その発付を受け、これに基づき本件覚せい剤を差し押さえたものであるところ、第一次捜索差押許可状請求の被疑事実を疎明する唯一の証拠資料が、令状主義に関する諸規定を潜脱する意図を有した警察官による、有印虚偽公文書作成、同行使という重大な犯罪行為により捏造された虚偽の内容の供述調書であり、これを除けば第一次の捜索差押許可状の請求が認められなかったことは明らかである。従って、本件覚せい剤を発見するに至った捜索は明らかに違法なものであり、その違法性の程度は、憲法三五状及びこれを受けた刑訴法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大なものであり、これを許容することが将来における違法な捜索の抑制の見地からして相当でないと認められるものに当たるといわなければならない。ところで、本件においては、第一次捜索差押許可状に基づく被告人方捜索の手続と、第二次差押許可状に基づく差押手続は、被告人の覚せい剤所持事犯の捜査という同一目的に向けられたものである上、右差押手続は第一次捜索差押許可状に基づく被告人方捜索の手続によりもたらされた、被告人方における本件覚せい剤の発見状態を直接利用してなされていることにかんがみると、差押手続の違法性については、同手続に先行する捜索手続における違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断するのが相当である。そうすると、第一次捜索差押許可状に基づく捜索手続の違法は第二次差押許可状に基づく差押手続にも及び、これによって差し押さえられた本件覚せい剤はその証拠能力を否定されなければならない。

そして、本件覚せい剤の差押調書及びこれの鑑定書も、重大な違法性を有する本件覚せい剤の差押えそのものに関する調書並びにこれ自体の成分及び分量の鑑定結果を記載した書面であって、本件覚せい剤との一体性が強い証拠であるから、本件覚せい剤と同じく罪体を立証する証拠としての許容性即ち証拠能力は否定されなければならない。

ところで、原審において、被告人は差押調書及び鑑定書の取調べに同意し、本件覚せい剤の取調べに異議なしと意見を述べているけれども、その前提となる捜索差押えに、当事者が放棄することを許されない憲法上の権利の侵害を伴う、前叙の重大な違法が存するのであり、このような場合に右同意等によって右各証拠を証拠として許容することは、手続の基本的公正に反することになるから、右同意書があっても右各証拠が証拠能力を取得することはないといわなければならない。

なお、被告人が逮捕されるに至った経緯は前記の認定のとおりであるところ、逮捕状請求の主要証拠である覚せい剤、その差押調書、鑑定嘱託書、鑑定書等がその証拠能力を否定されるべきものであることは前叙のとおりであり、これらを除けば逮捕状の請求が認められなかったことは明らかであるので、右逮捕状による逮捕は違法であるといわなければならない。そして、逮捕状請求の主要証拠の収集過程に前記のような警察官の重大な犯罪行為による違法がある本件においては、将来における違法な捜査の抑制的見地からして、逮捕、勾留中の供述調書は違法に収集された証拠として証拠能力を否定するのが相当である。そうすると、被告人の勾留中に作成された、原判決の挙示する、被告人の検察官及び司法警察員(平成六年七月一五日付け及び同月一九日付け)に対する各供述調書には証拠能力は認められない。

してみると、原判決挙示の証拠のうち、本件覚せい剤、司法警察員作成の差押調書及び福岡県警察科学捜査研究所技術吏員松本光史作成の鑑定書の外には、被告人の原審公判廷における自白を補強すべき証拠が存在しない本件において、右各証拠の証拠能力を肯定して、これらの証拠を取り調べた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があるといわなければならない。論旨は理由がある。

よって、その余の控訴趣意に関する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所において、更に次のとおり判決する。

本件公訴事実は、「被告人は、平成六年七月七日ころ、福岡県筑紫郡〈地番略〉の自宅において、みだりに覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩結晶約一・四八九グラムを所持したものである。」というものであるが、前記のとおり、原判決挙示の証拠のうち、本件覚せい剤、司法警察員作成の差押調書及び福岡県警察科学捜査研究所技術吏員松本光史作成の鑑定書はこれを証拠とすることが許されず、被告人の原審公判廷における供述、即ち被告人の右公訴事実に関する自白の外にはこれを補強する証拠が存在せず、結局、本件公訴事実は、犯罪の証明がないことに帰するから、刑訴法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田憲義 裁判官 谷敏行 裁判官 林秀文)

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